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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)80号 判決 1964年4月21日

上告人 佐々木正泰 外二名

被上告人 国 外五名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人兼上告代理人佐々木正泰の上告理由は別紙のとおりである。

上告理由第一点について。

論旨は、原判決が、裁判所は抽象的一般的に法令及び処分の違憲性を審査し得る旨の上告人の主張を容れなかつたのに対し、憲法八一条の解釈として、裁判所は、具体的な法律上の争訟をはなれて、抽象的に法律命令等の合憲性について裁判権を有する旨を主張し、当裁判所が、昭和二七年一〇月八日言い渡した判決(民集六巻九号七八三頁)及び同二八年四月一五日言い渡した判決、(民集七巻四号三〇五頁)の先例は変更せらるべき旨を主張するのである。

憲法八一条の解釈として所論のような主張をする学説があることは否定できないけれども、前記当裁判所の判決が、そのような解釈をとらなかつたことは、論旨も認めているとおりであり、そして、現在において、右の判例を変更する必要があるものとは考えられない。原判決が、この点に関する上告人の主張を容れなかつたのは正当であつて、論旨は採用することができない。

同第二点について。

論旨は、かりに裁判所が抽象的に法律命令等について憲法適否を審査する権限を有しないとしても、上告人らは、具体的な特別区長の選任に関連して、憲法九三条二項によつて定められている地方公共団体の長の選挙権を地方自治法二八一条の二によつて侵害された旨を主張しているのであつて、抽象的に法律の違憲を主張しているのではないのにもかかわらず、原判決が上告人らの訴を不適法としたのは、住民の直接選挙権の本質を誤解したことによるものであるというのである。

しかし、原判決の引用する一審判決も説明するように、上告人らの主張する特別区長の選挙権は、区民に対して一般的に与えられた権利であつて、上告人らが選挙権を侵害されたというのも、要するに、区民一般に与えられた権利に関する主張をしているに過ぎないものと解すべきである。このことは、上告人らと被上告人らとの関係において、かりに一般区民と切り離して上告人らの請求が容認されたとしても、それだけでは意味がないことによつても明らかである。しからば、上告人らは、本訴において、その個人的権利の侵害を主張してはいるものの、要するに、地方自治法二八一条の二が憲法に違反する旨を一般的に主張している趣旨と解するほかはなく、従つて、本訴は、抽象的に法律の違憲を主張する訴に帰するものと解きざるを得ない。されば、原判決が本訴を不適法として却下すべきものとしたのは正当であつて、論旨は理由がない(昭和三一年二月一七日第二小法延判決、民集一〇巻二号八六頁参照)。

同第三点について。

論旨は、原判決が区長選任行為についていわゆる民衆訴訟を許した法律の規定がない旨を判示したのを非難するとともに、本訴が大衆訴訟の性質を有するものとしても、本訴はなお、適法である旨主張するのである。

所論の大衆訴訟の意味は明らかでないが、原判決のいわゆる民衆訴訟とは、個人の具体的権利義務に関係のない訴訟であつて、本来法律上の争訟に関するものではなく、憲法上当然には裁判所の権限に属しない訴訟であり、従つて、法律の規定によつてはじめて許される訴訟をいうものと解されるところ、区長選任行為について法律に訴訟を許す旨の特別の規定の存在しないことは原判示のとおりであるから、原判決が法律に特別の規定がない故をもつて、本訴を不適法としたのは正当である。なお論旨は、本訴を大衆訴訟と解してもなお適法である旨を主張するのであるが、本訴が抽象的に法律の違憲を主張する訴訟と解されることは、第二点につき先に説明したとおりであるから、論旨は、この点においても理由がない。

同第四点について。

論旨は、原判決の引用する一審判決が、地方自治法二八一条の二により上告人らは区長の直接選挙権を行使し得なくなり、そのことが上告人らの基本的人権に関するものであつても、このような区民に対する一般的な結果を取り上げて裁判所に出訴することはできない旨を判示したのは、憲法九八条、一三条、七六条に反するというのである。

しかし、裁判所が抽象的に法律が憲法に適合するかしないかを判断すべきものでないことは、当裁判所が数次の判決で判示するとおりであり、そして、第二点で説明したように、本訴が、要するに抽象的に法律の憲法違反を主張するに帰する以上、原判決が、地方自治法二八一条の二の憲法適否を判断しなくても、所論憲法各法条に違反しないことは、前記当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである。論旨は採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田正俊 石坂修一 柏原語六 田中二郎)

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